raison d’être

父母キアラナターシャを送った心の傷はまだ癒えておらず、傷を癒すというより、癒して元気に活きる理由があるのかどうかが実は全くわからないことが問題だと気づいた。他者には害を及ぼさない、迷惑をかけないように生きなければならない。残る愛猫であるリオンとソフィの猫生について、充分な栄養や睡眠、衛生、医療を与える環境を作る責任もある。そのための経済活動を行う必要はあるだろう。自分についてはどうだろうか?

能力が足りないためにとんでもなく縮約されてしまっている世界の中で、会社を経営したり大学で教えたり論文を書いたりしている。そんな哀しすぎる現実にどう向き合う勇気を持てるというのか。自分が自分を許せない現実の中でどう自分の存在を許せるんだろう。加えて、加齢というのはまさに縮約そのものなのではないのか。ここ2年くらいずっとそんな問いをしては下を向いていたと思う。

そんな毎日を送っている中、冬に投稿したいくつかのjournalの査読コメントが届いた。どれもとても厳しいものだ。私は心がとても弱いので、コメントを開封するまで数ヶ月を要したことを告白しよう。そして、結論からいうと、この査読コメントが今、私が生き続けるraison d’êtreとなっている。

私は職業的な研究者ではないので、研究の最新動向に触れるためのリソースも限定されており、研究コミュニティへの貢献も乏しいし生産性も低いだろう。しかし、少なくとも、私の拙い研究成果について、何人もの世界のどこかの研究者が時間を割いて私の論文を読み研究の改善のためのコメントを寄せてくれている。そこにこそ生きて活動するための充分な理由があるのではないか。

加齢は縮約であるのか。もしそうであるなら、合理的な縮約の道筋は描けるのだろうか。新たな問=raison d’êtreを得た。

世界のフリーズあるいは縮約

人は何かについて考えるときに、世界のすべてを知りえないので、一旦自分以外の世界をフリーズし、さらにフリーズされたすべてを理解することも分析することもできないので、自分の手に負える粗さまで縮約するだろう。そんな行いについて、この美しい世界を勝手にフリーズしたり、ましてやreductionまでしてしまうということについていつもいつも心から申し訳なくていたたまれない気持ちになる。

夕陽がどんな表情で燃え盛り雲のブルーやグレーと溶けて沈んでゆくのかについてのすべてを余すところなく絵画にしたり、詩にしたり音楽にできる才能があったらどんなに素敵だろう。

今年はそんな心の痛みを抱えつつ論文を3つまとめた。うまく世界に届きますように。2025年の大晦日に。

自分を構成するもの

AIツールが進化して、課題整理の壁打ちの相手をしてもらう頻度が増えた。

褒められたり気づかなかった点を指摘されたり、ありえない勘違い・思い込みに唖然とするなど。でも実は知らなかった情報や枠組みを教えてもらうことはほとんど全くなく、自分のアンテナや異なるバリューネットワークからの価値抽出能力は案外素晴らしいことに気づいた。

AIツールで回答がおかしくても、そっかその話説明してなかったごめん・・と部下zくらいの感覚にはなっていて腹は立たない。猫飼いなら誰でもわかるはずだ。

見てきたような嘘をしゃぁしゃぁとつくことも結構あるけれど、それはこちらの課題設定や情報の与え方が悪かったんだろうと思い、改善するなど。(猫は誠実なので見てきたような嘘はつかない)

AIツールへの指示の与え方を工夫するなかで、それでは指示を与える側の自分とは何なんだろう?何で構成されているのだろう??としばし考えた。

いろいろ分析する中で、Aiならどんなにとんちんかんでも的外れでも、がっかりすることはあっても傷つくことはない、ということに気づいた。甘いミルクティーを飲んでいまいましさを解消しプロンプトを変えれば良いだけのことだ。

ここ3年の間に2匹の猫と父を失い、落胆する知らせも多く、ロジックを粛々と修正すれば、プロンプトを修正すれば、試験結果に基づいて設計変更すれば、少なくとも何かがわかり、何かを進めることができるのでは、という考えに生きる望みを託している気がしている。

ロジック修正の他には掃除と料理。生身の人間(動物)は不可逆な物理的時間を過ごしている。それ(不可逆性)について自分で少しでも何かポジティブと考えられる活動をしている時、深く救われる感覚があるような気がするのだろう。シーシュポスの石ころがしに過ぎない、取るに足らないなにかであっても、何か意味を見出したいと願っていることが、生きていることなのかも知れない。

MAY BE OBSOLETE. でも、誰がために鐘は鳴る

父の遺品から見つけた、読んでいた論文やら書いた論文の原稿などを眺めているといろいろな想いが湧いてきて、時が経つのを忘れる。

父の専門は高分子化学であったが、生前その内容について語り合ったことは一度もない。

喪失と猫と再生

この2年で2匹の猫と父を失った。

母は10年前に他界しており、家族は残った2匹の猫だけになった。自分の座標軸が1本また1本と抜き取られゆらゆらする感覚があった。

座標軸が失われるとことばが出なくなった。

残りの猫と一緒にいるときだけ、自分がここにいること、生きていることを確認できるのだ。

存在の輪郭

猫と暮らすようになって10年近くになる。大きさ、肌触り、声、目、距離感、体つきの曲線、筋肉。猫と暮らすということは、このような均整・均衡を保つ奇跡の存在に触れるということだと思う。どんな瞬間も違和感がないのだ。

見えるもの、感じること

次男猫を見送って3ヶ月。彼がいないということはどういうことなのかについて、色々おもいを巡らせている。思い出は更新されない。それは悲しいことなのだろうか?不思議なことに、彼が持っていた性格はその後残りの3匹の猫たちが分担して引き継いでいるように感じることしばしばある。

そう考えると、次男もそれは私が見ていた・見えていた現象に過ぎず、私の勝手な思いが投影された世界でのできごとであったようにも思われる。

彼は私と過ごした9年間にどんな思いでいただろうか。何か通じるものはあったのだろうか。異次元の幻想が交わっただけだったのだろうか。

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いま、ここ

流れている時間のなかで、何か意味を求めるには、いま・ここ、について、どんなふうに表現するかを決めなければならない。どんなふうに表現するかを決めて表された、いま・ここ、は、過去に時間をとめてきめた表現方法の世界のなかでの座標軸だから、方法をきめる、ということは既にいま・ここについて知っている、ということになる。それでも、音や色やことばや数字や動きなどで表現したいと思う。生きている間に、もしかしたら誰かと、いま・ここ、を共有できたような気がする一瞬があるかもしれないとおもうからだろう。